明日の照り焼き

日々のこととか趣味のこととか

ただ生きてるだけ

日々を無為に過ごしている。

別に仕事や日常で大きな失敗をしたわけでもないのに心は暗い。自分の代わりはいくらでもいて、自分である必要のあることなど一つもない。何をしても満たされる感覚はない。

仕事も趣味も何をしても生きている感覚がない。味のなくなったガムを吐き捨てるタイミングを失って噛み続けているのと同じように、なんの意味もないが死ぬキッカケもないので生き続けている。

人に生きる意味など多くの場合ないのではないかと思うのだが、私以外の人はそれでも何かを見出し、懸命に生きている。どうすれば私もそうなれるだろうと考えるが何の行動も起こさない。進んで死にたいとは思わないし、日々を楽しく過ごしたいと思うが、何をしても楽しいにのめり込むことはできない。

何かを求める気持ちも薄くなり、ただ流されるままに生きている。自分が何をしたいのか、何になりたいのか、思春期のような焦りはなく、淡々と考えている。ただ生きているだけ。考えること、歩くこと、食事をすること、立ち上がること、呼吸をすること、何もかもが億劫で暗い一人の世界に横たわっている。起き上がらなければならないのに、手のつき方、膝の立て方を忘れてしまったのか起き上がることがままならない。自分が生きていていいと思えるような、生きている実感が欲しい。漠然とした不安をこの世界から消したい。

緩やかに時間が過ぎ去る

今日も生活は続く。調子の上がらない1日だった。特に理由もなく夜更かしし、睡眠時間の足りない頭は働いてくれない。業務はひと段落していているからそれでもいいと言えばいいのだが、眠気で意識を保てないのは良くない。コーヒーとエナジードリンクのチャンポンをしても、顔を洗っても、座ったままストレッチをしても碌に効果は出ない。仕事の先食いをしてみる。本当にやらなければならないことがあるのかないのかもわからない。何かを生み出しているとも言えたものではない時間。ただ時間を消費している。きっと恵まれた環境にいる。満足できないのは求めすぎているんだろうか。

急な天候の変化が不調をもたらしているんだと推測する。体はだるく、心は重い。何か中心がないような、底が抜けているような、不安定な心。誰に責められているわけでもないのになんとなく落ち込んでいく。こんな日は無理に頑張らなくて良いと思い夕飯は外食で済ませた。いつも好きで食べているものなのに目の前に運ばれてきてすぐに食べる気にならず、ぼんやりスマホをいじりながら皿を眺めていた。食べれば好きな味がする。何度も食べているから予想を超えることはないけれど。緩やかに時間が流れていく。おだやかに下に落ちていっている気がする。

原稿用紙一枚分くらいの考えごと

何よりも、とは言わないが今怖いものの一つは孤独だと思う。一人は気が楽だが他者とのつながりが全くないのは精神衛生上良くない。一人でいることと人と関わること、その二つのバランスを取ることで人は生きていくのかもしれない。

僕は別に人と話せないわけではないが得意でもない。話すこともできるコミュ障、くらいの評価が多分適切だ。人の目は気にするけど人自身への興味はそれほどないので油断すると一人になってしまう、その方が簡単だから。一人の時間も内省だったり趣味を楽しむだったり必要な時間だと思っているし、一人の時間を愛している自分がいるのも事実だ。でも人と関わっていくことは一人と同じように大事だ、と最近は思う。自分一人では考えられないことに触れることもできるし、一人の世界の迷宮に迷い込んでも思わぬ形で脱出させてもらえたりする。人が社会を形成するのはきっと一人だとみんな迷ってしまうからだ。なんとなく、そんなふうに思った。

漠然としている

そう、10ヶ月に一度しか書かなかったとしても継続していることになる。そう思っている。意外と復職してからどうにかやってこれた。日々の業務をなんとなくこなし、鬱が割と改善されたからか不注意も少し減り(元々不注意な人間なので無くなりはしない)、休みは友人との予定があったりなかったり。昨年と比べればかなり真人間のような生活ができているように思う。

ただ突然考えてしまう。生きてる意味という考えるだけ無駄なことを、他人にあって自分にないものを。自分で何かしないとなくなることはない焦燥を感じてしまう。ゆっくりと歩きながら思索の海に潜る。他人から見れば水溜まりのような浅い海が、僕にはあまりに深く感じられる。潜る必要なんてないのに、気づけば水中にいるから潜るというよりも沈むかもしれない。沈んだ先で何か見つけられるのか、そのまま溺れてしまうのか、なんだか無性に不安になる。

日々薄らぼんやりと、漠然とした不安を感じながら過ごしている。

仕事再開したのと最近の読書についてとか

ゴールデンウィーク明けから仕事を再開しました。

なんか高卒の新卒が入ってきてたり席が上司にめっちゃ近くなったりしたけど、とりあえず日々を過ごしてたら日記を書けませんでした。

まあ月2回くらい日記とかツイートより長い考え事をここで吐き出せればちょうどいいのかなと思ってるけどノルマみたいにはしたくないので気が向いたらちみちみ書いていこうかなと。

仕事はとりあえずかなり気を遣って減らしてもらってるので正直かなり暇です、ありがたいことに。去年やっていた仕事な上に事業が動き出してから復帰したので基本的に事業が動いてるか監視したり、まあちまちまとしたトラブルや課題について検討すればいいだけなので今のところは本当に楽。夏くらいになると色々やることが出てくるからと思いますが、それでも去年より持ってる仕事の数自体が少ないのでそこまで辛くはないでしょう。なので今は他の人の手伝いをしたり新卒くんの教育?というほどではないけど困ってたら手助けしてあげたりもしてます。仕事についてはまあ書けることはこれくらい、外に向けて語れることもそんなにないし僕自身仕事がそんなに好きじゃないのでこんなものでございまする。

読書についてはとりあえずまだ続けられてます。朝夕の通勤時間には青空文庫カフカとか芥川とか太宰とかetcetc...興味があったけどそんな読んでないのとか忘れちゃってるやつを読んでます。昼休憩中は講談社学術文庫孫子(ブックオフで安かったからノリで買った)を読み、夜は閃光のハサウェイの上巻を寝る前に読んでます。青空文庫とハサウェイについてはスイスイよめてるけど孫子がとにかくゆっくり、ゆーっくり読んでます。職場だと眠くなるんですよね。明日には読み終わるんじゃないかと思ってるけど明日の自分次第です。

青空文庫が本当に面白ってこんなにハマるとは思わなかったですね。文豪すげ〜って感じ。

カフカの変身とか名前と冒頭くらいのイメージは知ってたけど内容は知らなかったので読んだら割と面白かった。不条理小説なんて言われてるだけあってグレゴールかわいそうやなとか思いながら読んでたら最後まで可哀想なままでちょっと切なくなったり…でも彼の家族の気持ちもわかりますね。突如自分の家族がどうしょうもないものになった時、人はそんなに慈愛を持ち続けるなんて難しいと思います。

他にも小説だと佐藤正午の月の満ち欠けとか読んだんですけどこれは感想書くなら一本記事にしたい感じもするのでここでは名前を出すだけってことで…

まあとりあえず自分が今月元気に過ごせてよかった。明日は犬王見に行かなきゃいけないので早く寝ないとです。それじゃあまた…

 

 

読書習慣をつけたい

仕事を休みだしてから、意識して読書をするようにしています。と、いっても読んでる時間はせいぜい1日3時間ほど、3〜4月で読んだ数は15冊くらいと少なめですが。

世の中には年200冊とか300冊とか読んでる人いますけどあれどうやってるんでしょうねほんと。仕事しててそんだけ読んでる人は純粋に尊敬します。僕はなんとなく時計見て測ってみた感じだと1時間あたり100ページくらいが関の山なので仕事を再開した後は頑張っても月に3〜5冊くらいで、年に40冊くらいが多分限界かなとか思います。年200冊って単純に12で割って月に16冊くらいなんで2日に一冊以上は読んでるわけ、京極夏彦とか2日で読み終わるわけなくないですか?とはいえ読書して語彙を増やしたり物語の引き出しを増やしていくのは、ただ漫然と生きていくよりもずっと楽しそうなので自分にできる範囲で読んでいきますが。

とりあえず読書習慣をもっとちゃんとつけたいので今後は読書メーターとか使いながら記録していこうかなと思っています。ああいうのっておすすめ本とか紹介してくれるんでしょうか、もしそうなら楽しみですね。

頭の中の垂れ流し

1ヶ月半滞在した実家から帰宅した。冷蔵庫とか諸々の待機電力だけでかかる電気代は大体3千円ほどらしい。この家は相変わらず寒い。鉄筋コンクリートではあるのだけれど、北向きの窓と、築年数が古いのが原因だと思う。また話す相手のいない家で、少しずつ社会人に戻る準備してを始めようと思う。

一人は寂しいけれど、恋人くらい近い存在と一緒に暮らすのは多分まだできないなと思う。しっかり気を使わないといけない相手と暮らすほどの甲斐性は今の僕にはない。だから学生時代の友人とかとシェアハウスをしたいなぁなんて妄想をよくしています。

ブログの文体がですます調かである調かいまいち定まらない。どちらかといえばである調の方が好きなんだけど、そこまでかっちりしたことを書くつもりもないのでどうしたものか。まあ、個人ブログだし思ったように書いていけばそれでいいのかもしれない。

一人だと暗い気持ちになったり、急に叫びたくなったり、なぜ生きているのかを考えたりする。色々と考え続けると頭の中がぐちゃぐちゃになって、どうにかなってしまいそうになる。だから僕は考えることをやめるためによく眠る。